彼はその時どちらを見ていたか。Vo.1
資本は世界になにをもたらすか。悪魔だろうか、それとも歓喜?
社会主義は自由を切り裂いた。誰かがずっとそう言っている。
情報はいつのまにかプロパンガンダとなり、僕たちの耳に入ってくる。
今日もいつものパンを焼くように、「恐怖」の再生産だ。
恐怖は政治を支配する、政治は医療を支配する、医療は命を支配する。
そうして命は意識を支配していく。そんな映画だった。
先日、DVDで『SiCKO』を鑑賞。
僕が見たマイケル・ムーアの作品の中では、一番良かったと思った。
矛盾を抉り出すだけではなく、日本のある政党が主張している「ルールある経済社会」をも考えざるをえないような内容だった。
もしも、僕がこの映画をアメリカ人の友人と一緒に見たらば、
きっと見終わってからこう言うだろう。「社会主義もあんがい悪かないだろ?」と。
物語はアメリカの医療保険制度の実情から始まる。
アメリカでは現在、医療保険未加入者が約5,000万人もいると言われている。
その原因のひとつに、アメリカは国民皆保険制度ではないことが挙げられる。
それともう一つ、保険加入にはけっこうな高さのハードルがあるということだ。
医療を必要としている人にとっては、「保険は命綱」であることはあまりにも明確だ。
しかし、アメリカの医療保険はその大部分が「民間保険会社」であるために、
どうしても保険会社にとって「好まざる客」が生まれてきてしまう。
ムーアはまずその実情の告発を、実際に保険加入を断られた人々への
インタビューから始めている。ムーアはこの映画の製作にあたって、
HP上でメールでの実態の告発を募った。
まあ、とてつもない数のメールがムーアの元に来たわけだけども、
その中に少なくない「現役の保険会社の社員」からのものもあった。
その大部分が、保険会社の実情に嫌気がさしている内容のものだった。
ある保険会社の女性社員は、大粒の涙を流しながらこう語っている。
「私には、話している途中であのお年寄りの夫婦が
保険には加入できないのが分かったの。見殺しにするしかなかった。
2週間後には会社から「加入できません。」という連絡がいくのよ。
私は感情を殺すしかないの。そうしないともたないわ。」
夫婦は医療を必要としている人達であり、そして命綱を頼りにしている人たちだ。
しかし、資本は、保険は、医療は、そういう人達をあっさりと見殺しにするしかない。
しかし、見殺しにする方も、また人間である。
「感情を殺さないとできない仕事。」
それがアメリカのある民間保険会社の社員の言葉だ。
このことを見てみても、国民は保険を選ぶ立場ではなく、
選ばれる立場だということが分かってくる。
次に物語は、¨運良く¨保険に加入できても、支払いがされない実情に迫る。
大資本に支えられた保険会社はなにをして¨大資本¨に発展できるのか?
答えは簡単だ。保険加入者が増え、その保険掛け金が増えること。
しかし、保険会社が支払う金額が少なければ、売り上げは上がる一方だ。
こうしてアメリカの大保険会社のCEO達は、
バケモノみたいな億万長者になっている。なるほど。小学生でも分かる論理だ。
しかし、どうやって支払いを拒否するんだろう?ムーアはこの部分に迫った。
保険会社は本当にあの手、この手で支払いを拒否していく。
それはもう、笑えるぐらいに。(笑って済ませられないのだが。)
保険の加入時に過去の既往症を書くのだが、
本人も忘れてるような症状を加入時に書いてなかったとして、
一方的に契約を破棄したり、受けるはずの手術を「実験的」として
適用を認めなかったりと本当にバリエーションは豊かなのだ(笑)
ここで、物語には保険の支払いをしないための¨元プロフェッショナル¨も登場する。
いや、いや。僕も驚いたんだけど、誇張でもなんでもなく、
本当に彼の仕事は支払いをしないですむための粗探しなのだ。
彼は自身がしてきた仕事をこう振り返る。
「まるで刑事みたいだよ。本人さえ忘れてしまったような既往症を見つけ出し、
申告しなかった!として、支払いを拒む。
それ以外にもあらゆる手で支払いを拒否することはできるんだよ。」
なんとも怖い話しである。
彼はそんな自分の仕事に嫌気がさし、結局は辞めてしまう。
しかし、保険会社では今日も他の『彼』が、保険の支払いを拒むためだけに、
刑事紛いのことをしていることだろう。現状は変わらない。
そんな¨刑事たち¨の活躍と、我慢強い国民のお陰で、
アメリカの民間保険会社は軒並み史上空前の利益を上げた。
まさに「アメリカ万歳!」である。
アメリカの保険会社には保険が適用されるさいに、
果たして保険適用が妥当かどうかの診察(審査)を行う審査医師が存在する。
要は¨この方達が¨「その手術は必要と認められない。」だとか、
「実験的である。」だとか、「22歳で子宮頸がんはおかしい。」だとかの
判断(難癖)をつけて、適用申請を却下するのである。
でも、ちょっと待てよ。
もしかしたら彼ら(審査医師)の医師の判断の方が正しいんじゃないだろうか?
彼らは立派なお医者様であり、僕らは医学の素人。
そうだ。やっぱり彼らが正しいんだ。
しかし、その心配はまったく不必要だった。
彼ら保険会社お抱えの審査医師のボーナスが、
いったいどのように支給されていたかを、ある女性審査医師が裁判で証言したのだ。
彼女の話によると、適用否認数が多ければ多いほど、審査医師としての地位が上がるという。正しい判断をしたかどうかではなく、却下することそのこと自体が査定の対象となるのだと言う。なるほど。非常に分かりやすい。
だから彼ら審査医師が却下の欄に自分の名前をサインする時は、
いつもハンコなのである。医師らしく予防をしているらしい。
腱鞘炎にならないための。予防は大切だ。
実はこの保険事情の下で、空前の利益を出しているのは何も保険会社だけではない。
同様に製薬会社もすこぶる調子がいい。
この話しをする前に、ある有名な女性政治家をムーアは紹介している。
その人の名はヒラリー・クリントン。
女性大統領候補として目下選挙中のその人である。
ヒラリーは夫のビル・クリントンが大統領に就任中、議員として「国民皆保険」の実現を目指し審議会の委員長として奮闘していた。誰もが平等に、心配なく受けられる医療を夢見ていたのだ。保険会社・製薬会社から見ればとんでもない奴である。
そこで製薬業界は誰もがやるように、議会の買収に打って出た。
要は献金攻勢である。製薬業界お抱えの共和党のある議員は
「私は母親を愛している。」と連呼し、製薬の価格規制を撤廃する改正案を通した。
そういう中でヒラリーはいつのまにか沈黙。晴れて、改正案推進に関わった議員はたくさんの献金を貰い。いつのまにか¨民主党のヒラリー¨も献金を。
母親大好きの共和党議員は、製薬業界のロビー団体の理事に華麗な転身を遂げる。
そうして高齢たちの薬代はたかくなりましたとさ・・・。
と、いう漫画に出てきそうなベタなエピソードが実際にあった。
ヒラリーは口を札束でふさがれて沈黙。国民皆保険制度は夢の彼方へ飛んでいった。
果たしてこれはアメリカだけの特別なことだろうか?いいや違うはずだ。
なんたって、世界で一番豊かで一番強い自由の国だ。
世界中を見渡せば、さぞアメリカよりも悲惨な状況に置かれているだろう。
国民皆保険なんていう、世にも恐ろしい社会主義的な制度は破綻をきたす。
社会主義・共産主義は抑圧の社会を作り出し、自由がなくなり、アメリカの自由が奪われる。ソ連を見ろ!北朝鮮を見ろ!あんなものは悪魔の制度だ!
と、まあ、こんな風にアメリカの支配体制や財界は恐怖を煽りまくった。
日本でもアメリカでも、昔から支配体制の方々がやる手法はまったく変わらない。
社会主義的なものにたいする恐怖心を煽ることが有効だ。
昔の日本をちょっと思い出してみて欲しい。
太平洋戦争に反対していた共産党がなんて呼ばれていたか。
彼らは悪魔だとか、非国民だとか罵倒され、弾圧されまくっていた。
60年たってどうだったか?一部のコアな人たちを除いて、
あの戦争の無茶ぶりはみんなが認めるとこだろう。
なんてことない。韓国や中国の政府が、やばくなると日本に対する感情を煽るのと一緒で、
日本の政府もアメリカの政府もやばくなると社会主義的なものにたいする恐怖心を煽りまくる。しかし、これがけっこう効くんだな。
本当の情報ではなく、イメージを煽られると人はイメージのみで恐怖心を抱く。
イメージっていうのは厄介なもので、なかなか払拭されにくい。しかも感情だから。
そうやって、支配層が恐怖を煽り、国民が踊るという、昔から続く『伝統』が繰り返される。こうして立派なプロパガンダが完成する。
マイケル・ムーアはアメリカの現状を見たうえで、「社会主義的なもの?果たしてそうだろうか?」と問いかける。そして彼は他の国の現状に目を向けてみるのだった。
と、まあ、ここまでSiCKOの感想と内容を僕なりに長々と書いてきたけど、
実際に観てもらうのが一番かもね。これはあくまで僕のフィルターってことで。
続きはまた今度書きます。
by:ANTONIO
by dylj_west
| 2008-04-23 19:36
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